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最高裁判所第三小法廷 昭和36年(オ)950号 判決 1964年3月24日

上告人

熊田義信

上告人

太田光之助

右両名訴訟代理人弁護士

山田弘之助

岩崎康夫

被上告人

昭和建設工業株式会社

破産管財人

久留島新司

主文

上告人熊田義信の上告を棄却する。

右上告費用は同上告人の負担とする。

原判決中、上告人太田光之助に関する部分を破棄し、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人岡忠孝名義の上告理由第一点について。

所論は、上告人熊田の本件保存登記が悪意を以て申請されたものなる故に破産法七四条によつて否認し得るとした原判決に対し、同人の右悪意を認定した点に採証法則違反があり、ひいては理由齟齬があるというけれども、原判決の右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認できる。右所論は、畢竟、原審の専権たる証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰着するものであつて、上告適法の理由として採用できない。

同第二点について。

原判決は、上告人太田の本件所有権移転登記申請についての所論悪意を認定するにあたり、同人が右登記手続を上告人熊田に委任し熊田が太田の代理人として登記申請をなした事実を前提として、代理人である熊田が右登記申請の当時破産会社の支払停止の事実を知つていたものと推認すべき以上、上告人太田も亦、破産会社の支払停止の事実を知つて本件所有権移転登記手続をなしたものとなさざるを得ない旨判示している。

しかし、上告人熊田から上告人太田に対する本件不動産の所有権移転につきその登記申請を熊田が太田の代理人としてなしたとの証拠資料は記録上見当らない。転得者にして登記権利者たる上告人太田の登記申請は、建築士杉山武雄を介し、結局司法書士宮城某が直接太田を代理してなされたことが記録上明らかである。してみれば、原判決は、右の点につき証拠に基づかずして事実を認定するの違法をおかしたものというべく、熊田の代理人たる事実の認定に右の瑕疵ある以上、上告人太田の所論悪意の判定につき、原審は審理不尽、理由不備の違法をおかすものといわざるを得ない。よつて、この点を指摘する所論は理由があり、原判決は、上告人太田に関する部分につき破棄を免れず、この部分につき更に審理をなすため本件を原審に差し戻すべきものとする。

同第三点について。

所論は、上告人熊田の本件家屋取得が有償取得であること及びその取得後更に同上告人が修理費その他の出捐をしたことを以て、無償行為否認の場合の効果(破産法七七条二項、七二条五号)に対比し、原判決が同上告人に償還義務ありとした一二〇万円の額は不当に高すぎ、この点に原判決は条理違反をおかすと唱える。

しかし、原判決は、挙示の証拠関係から、上告人熊田の所有権取得当時における本件家屋の価額が少くとも一二〇万円であることを認定し、且つ、その事実から本件否認権行使当時における右価額もこれを下らないものと推認できると判示しているのであつて、右認定判断はいづれも首肯できるから、受益者たる上告人熊田に同額の償還義務ありとした原判決の判断は正当として是認できる。所論修理費約五〇万円その他の出捐については、同上告人の破産財団に対する請求権の問題として取り扱われるべきことがらであつて、これを本件否認権行使に基づく償還額につき勘案すべしとする所論は、独自の見解として採用できない。

又、無償行為否認の効果(破産法七七条二項、七二条五号)との対比をいう所論も、同制度の趣旨を正解しないことに基づくものである。すなわち、この無償行為否認は、破産法七二条五号の規定に照らし明らかな如く、受益者の悪意を要件としていないところに特質があり、その故に同法七七条二項の特則が設けられているのであつて、その法意を所論の如く解して原判決を非難するのは、独自の見解というのほかなく、所論は採用できない。

なお、原判決は、前述のとおり、上告人熊田が本件家屋の所有権を取得した当時における価額が少くとも一二〇万円であることを認定した上、この認定事実から本件否認権行使の時の右価額も一二〇万円を下らないものと推認しているのであつて、所論の如く昭和二八年二月当時の価額を以て償還の請求を認容してはいない。所論は、原判示を正解せずして理由そごを唱えるものであつて、採用の限りでない。

同第四点について。

所論指摘の点につき原判決が破産法一〇四条第一号を適用判断したことは、正当として首肯できる。原判決に所論理由不備はない。

以上の如く、上告人等に関する論旨第一点、上告人熊田に関する第三、第四点は理由がなく、これ等につき民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条を適用し、上告人太田に関する論旨第二点が理由あるから、これにつき同法四〇七条を適用し、裁判官全員一致を以て、それぞれ主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石坂修一 裁判官五鬼上堅磐 横田正俊)

裁判官河村又介は退官につき署名捺印できない。

上告代理人岡忠孝名義の上告理由

第一点 上告人等の悪意善意について

(第二審判決書七枚目中程より)

原判決は、昭和二十八年七月四日の熊田の保存登記が悪意を以て申請されたものなる故に、破産法第七四条に該当するものなりとする。

しかし、熊田の登記申請が果して悪意を以て為されたものかどうかは、原判決の如くに、爾く形式的表面的な解釈により結論(その結論も後記の如く根拠を欠くものと思量するが)為し得るであろうか。

熊田の善意悪意はもつと実質的に考えられねばならぬのではないか、原審判決の云う処によると、昭和二十八年六月十三日破産会社昭和建設が手形交換所から取引停止の処分をうけ、その頃整理を発表して支払を停止したことが認められるのに、熊田の登記申請は七月四日ぢやないかというのであるが、破産会社に関する右の様な事実は登記当時決して熊田に届いていないのである。判決は「その頃整理を発表して」というのであるが、熊田が手形交換所と昭和建設の間の取引停止処分を知らぬのは固よりのこと、会社の整理のための集会の通知(甲第六号証)をうけたのは、後にも先にも実にその事に関する第一報であつて、熊田は二十八年七月三日に初めて之を見たのである。

それ迄は昭和建設の財政状態は熊田にとつては全然不知である。しかも甲第六号証の手紙の文面の中には、取引を停止されたとか、支払を停止したという事は、何も書いて無い。のみならず社長橋本賢晴の供述によれば、この集会は寧ろ会社の回生を充分見込んでの上のことで其処に重点を置いて意図された事が看取される。

この甲六号証を見たときより直ちに熊田が善意より悪意に変じたという判旨の推測は、証左に欠けているものである。

そして通知のあつた四日の集会にも熊田は差支えのため参集出来なかつたのであるが、熊田の実態は、大部前に自己の保存登記と太田への移転登記は、自分の知合の杉山武雄建築士に頼んであるから、登記も夙くに出来ているものと信じきつていた者であつて、前後一貫して熊田の悪意という事は考えられもせぬ事柄である。

かりに登記申請が四日になつたとしても、その理由は、原判決にも摘記の如くであつたのであり、二審判決のように、三日と四日という日と、集会通知があつたという事実のみをまるで形式的に並べたような考え方に基いて、悪意の結論を出したのは、全く実態を遊離した当を得ない解決で、かかる判決は採証の法則に違反すると共に、理由に齟齬ある判決だといわねばならない。

第二点 太田の悪意について

次に上告人太田光之助の悪意は登記について代理人熊田が悪意であるから、従つて本人の太田も悪意になるという判旨であるが、熊田は登記について自分の知り合の杉山武雄建築士を太田に紹介して杉山に任せることを取次いだだけで、茲に第三者として太田と杉山の間に熊田がはいつてきたもののそれは単なる取扱乃至使いとして介在しただけで、之をしも熊田が登記につき太田の代理人となつたというのは事実を遊離した仮設に過ぎない。太田を代理して登記に動いたのは杉山建築士で、登記所に対する委任状面は担当司法書士となつて居り、熊田が登記について太田の代理人となつたという証左はどこにも無い。されば二審判決はこの点でも採証の法則に違反し理由不備のそしりを免れないところである。

第三点 熊田の出捐について

熊田は本件物件を有償取得したものであるが、その後修理費に約五〇万円、借地権利に金一五万円、計六五万円以上の出捐をなし、太田に一三〇万円で譲渡しても尚且つ五五万円の金を出捐している。

破産法第七十七条第七十二条第五号(無償行為否認の効果)等によれば、熊田が無償でゆづりうけていても現に受くる利益を償還すれば足りる。金銭賠償ならば、これを考慮して然るべく、有償取得が無償の場合よりひどくなるというのは条理に違反する。一二〇万円というのは、判決理由も云つている如く、熊田が本件家屋の所有権を取得した当時(即ち昭和二十八年二月)本件家屋の価格が一二〇万円だから、それを払えという趣旨であつて、登記のときの価格を云つて居ない。ところが二十八年二月当時は熊田の善意であることは原判決と雖も一片の疑を挿まぬところであるから、今熊田に対する一二〇万円を支払えとの判旨は破産法第七十七条第七十二条第五号等の法意に違反すること明らかで、且つ否認の時期を七月四日とし評価の時期を二月十二日頃(熊田が本件家屋取得の時期)とし、原判決は一度に相矛盾する両箇のものをとつてきて論じていることになり、この点理由齟齬でもある。

第四点 熊田が破産会社に交付している金四〇万円について

更に熊田が立退料名義で破産会社に交付せる金四〇万円也は破産会社に現存する筈のもので、破産管財人も先づ之を回収することは管理任務の第一歩と目するに足るものと信じ、本訴中にも上告人は夙に其の事の注意も喚起して置いた処であるが今上告人の金銭賠償義務ありとしてもこの四〇万円と相殺出来ぬという判旨は之も破産法第一〇四条第一号を曲解し、理由不備の違法あるものと考える次第である。          以上

【第一審判決】

(昭和二九年(ワ)第八五五号売買契約否認事件、昭和三二・五・六言渡)

昭和建設工業株式会社

破産管財人

原告

久留島新司

被告

熊田義信

被告

太田光之助

右両名訴訟代理人弁護士

岡忠孝

主文

被告熊田義信は原告に対し金一二〇万円及びこれに対する昭和三二年三月二〇日以降その完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告太田の関係だけで生じたものを原告の負担とし、その余は被告熊田の負担とする。

この判決の第一項は原告に於て被告熊田義信に対し金四〇万円の担保を供託すれば、仮に執行することができる。

事実

原告は「被告両名は原告に対し連帯して金一二〇万円及びこれに対する昭和三二年三月二〇日以降その完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求めてその請求の原因として

訴外昭和建設工業株式会社(以下訴外会社と呼ぶ)は昭和二八年五月三一日支払を停止し昭和二九年五月三一日午前九時破産の宣告をうけ同日原告はその破産管財人に選任されたが、

(一) 訴外会社は昭和二八年二月頃(若くは同年七月四日)その所有の別紙目録記載の家屋(以下本件建物と呼ぶ)を被告熊田に対し同人に対する債務の代物弁済に供した、この行為は訴外会社が破産債権者を害することを知つてしたものであるから破産法七二条一号により否認する。

(二) 被告太田は同年七月四日被告熊田より本件建物を売買によつて取得したものであるがこの転得の当時被告太田は被告熊田に対する否認の原因のあることを知つていたのであるから破産法八三条一項一号により被告太田に対して否認権を行使する。

(三) 仮に以上の否認原因がないとしても、本件建物につき昭和二八年七月四日被告熊田は所有権の保存登記(同日受付第一一一三六号)被告太田は所有権の取得登記(同日受付第一一一三七号)をしているがこれ等はいづれも各権利の移転のあつた日より一五日以上を経過した後になされたものであり且つ訴外会社の支払停止を知つて為したものであるから破産法七四条によりこれ等の各登記を否認する。

而して被告太田は昭和二九年一〇月二七日本件建物を訴外ゼネラル商事株式会社に売渡しその旨の登記をしたので原告は右建物の返還に代えて被告両名に対し連帯してこの否認権行使当時の価額一二〇万円の償還とこの償還を求めた準備書面が被告等に送達せられた翌日である昭和三二年三月二〇日以降右金員の完済まで年五分の割合による民法所定の損害金の支払を求めると述べ、

被告等の答弁に対し、破産申立の日が昭和二八年一〇月八日であることは認めるがその余の主張は争うと述べ、立証として、甲第一号証乃至第一〇号証を提出し証人松潤五郎同小山安広同秋月武雄同橋本賢晴同来住久也並に被告太田本人の各訊問を求め乙第二号証の一及び二は不知その余の乙号証の各成立は認めると述べた。

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告の請求原因事実中訴外会社に破産宣告のあつたこと、訴外会社所有の本件建物につきその主張の日にその主張の各登記のなされたこと、被告熊田が本件建物を訴外会社より同社に対する債権の代物弁済によつて取得したこと、被告太田が本件建物を被告熊田より売買によつて取得したこと、被告太田が本件建物を転売してその旨の登記をしたこと、原告主張の準備書面送達の翌日がその主張の日であることは認めるがその余の事実は争ふ、訴外会社に破産申立のあつたのは昭和二八年一〇月八日である。被告熊田が本件建物を取得したのは同年二月一三日であり、取得の当時同被告は破産債権者を害すべき事実を知らなかつたものである、被告太田が本件建物を取得したのは同年三月末である、原告主張の登記の否認は本件に於ては適切に該当しない。

以上の答弁に理由がないとしても、昭和二八年九月一三日頃訴外会社の任意債権者集会に於て訴外会社とその債権者及び被告熊田は協議の結果、被告熊田に於て金四〇万円訴外会社に於て金六〇万円合計金一〇〇万円を調達の上これを債権者に分配し本件建物の被告熊田に対する譲渡について一切異議を差挾まない旨の示談が成立しこれに基き同被告は同月一六日金四〇万円を本件建物の立退料名義で出金しているのであるから訴外会社債権者としては被告熊田に対し本訴請求を為す根拠を失つたものであり従つて原告の請求は失当であると述べ、立証(省略)

理由

訴外会社が破産宣告を受けたことは当事者間に争ひがなく原告がその破産管財人であることは成立に争ひのない乙第四号証の一第五号証の一並に弁論の全趣旨によつて明らかである。

(一) 訴外会社がその所有の本件建物を被告熊田に対し同人に対する債務の代物弁済に供したこと、訴外会社に破産申立のなされた日が昭和二八年一〇月八日であることは当事者間に争ひがない。

(証拠)を綜合すると訴外会社は昭和二七年一一月頃より支払の円滑を欠くようになり手形を書替えて支払の延期を図つていたこと、訴外会社は昭和二八年二月五日と同月七日の二回に亘り手形交換所から予備警戒の処分をうけていたこと、被告熊田は訴外会社に対し同月七日頃満期の合計一二〇万円の手形を持つていたがいづれもその支払がなかつたこと、当時被告熊田は被告太田に対し約一七〇万円余の買掛債務を負担していてその支払を迫られていたこと、被告熊田と訴外会社は右債務の支払のため二、三回接渉の末同月一二日に至つて訴外会社は右手形債務の支払に代えて本件建物を弁済に供したこと、この契約に基き訴外会社は被告熊田に対し本件建物の火災保険契約証(同月二六日附権利譲渡承認の裏書のあるもの)建築許可書家屋明渡証(被告熊田より一ケ月以前に請求があれば本件家屋を明渡す主旨のもの)印鑑証明書等を交付したこと、右契約の当時訴外会社は訴外増田製粉川崎製鉄富士製鉄等の工事を請負つていたこと、訴外会社々長は被告熊田に対し同人以外に債権者はないとか右請負工事を示して会社の立直りは可能であると告げていたこと、訴外会社との取引関係者の間では同会社に対し絶望的な観測は未だ生じていなかつたこと、しかしながら訴外会社々長橋本は内心右の契約が破産債権者を害すべきことをおそれその締結は逡巡の末敢行したものであることが認められる。この認定に反する……の各記載は措信し難く他にこれを覆す証拠はない。以上の事実によれば昭和二八年二月一日頃の前示代物弁済に際し訴外会社は破産債権者を害すべきことを知つていたけれども被告熊田はそのことを知らなかつたものと認めるのが相当である。

(二) 被告太田が本件建物を被告熊田より売買によつて取得したことは当事者間に争ひがない。さきにその成立を認める……を綜合すると右売買は昭和二八年三月上旬頃価額一三〇万円でなされたものと認められる。この認定に反する……の各記載は措信し難く他に之を覆す証拠はない。原告は本件建物を転得の当時被告太田が被告熊田に対する否認の原因のあることを知つていたと云うけれどもその事実を証明する証拠はない。

(三) 被告熊田が本件建物を取得した日が昭和二八年二月一二日頃であること、被告太田がこれを転得した日が同年三月上旬であることは既に認定のとおりである。本件建物に対する被告両名の各登記がいづれも同年七月四日になされたことは当事者間に争ひがないからこれ等の各登記が権利移転の日より一五日以上を経過していることは明瞭である。証人橋本同来住の証言によれば訴外会社は同年六月一三日手形交換所から取引停止の処分をうけその頃整理を発表して支払を停止したことが認められる。この認定を覆す証拠はない。

(イ) 成立に争ひのない……を綜合すれば訴外会社は同年六月三〇日頃当時の債権者に対し会社経営の収拾不能に至つた状態を報告し、債務の処理方法等を協議するため同年七月四日任意の債権者集会を催す旨の通知を発したこと、当時被告熊田は訴外会社より同社に対する一五三八〇五六円の債権者として取扱はれていたこと、この通知は同月一日か二日頃被告熊田に到達したこと、この通知に基き同月四日右集会が催されたが被告熊田はこれに欠席したことが認められる。この認定を覆す証拠はない。この認定の事実とさきに認定の支払停止の事実を綜合すれば七月四日の登記の当時被告熊田は訴外会社の支払停止を知つていたものと認めるのが相当である。かかる場合には同被告は悪意でこの登記をしたものと云うべきである。

(ロ) 原告は被告太田が同年七月四日その登記をした当時同被告も悪意であつたと云うけれどもその事実を証明する証拠はない。従つて原告の本訴請求中被告太田に対する部分は爾余の判断をなす迄もなく失当である。

よつて被告熊田の示談の抗弁について按ずるに同被告がそのような示該を破産債権者の全員と締結したこと、金一〇〇万円を破産債権者に分配したことにいつてこれを証明する証拠はないのであるからこの主張は採用できない。

以上の理由によつて原告の被告熊田に対する登記行為の否認は正当であるから同被告はその登記を以つて原告に対抗することを得ない。本件建物が被告熊田より被告太田に、同被告より訴外ゼネラル商事株式会社に転売され各登記を了したことは当事者間に争ひがないのであるから被告熊田に対し原告は本件建物の価額償還を求め得る。原告が被告熊田に対して本件否認権を行使した訴状送達の日が昭和二九年八月二九日であることは記録上明らかである。(証拠)を綜合すると否認権行使当時の本件建物の価格は金一二〇万円と認められる。この認定に牴触する……の各証言は措信しない。他にこの認定を覆す証拠はない。原告が価額の償還を求める準備書面送達の翌日が昭和三二年三月二〇日であることは当事者間に争ひがない。従つて原告の請求は被告熊田に対し本件家屋の価額一二〇万円の償還と之に対する昭和三二年三月二〇日以降その完済まで年五分の割合による民法所定の損害金の支払を求める部分については正当であるから認容し、その余の部分については失当であるから棄却することとし訴訟費用の負担につき民訴法第八九条第九二条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(神戸地方裁判所第四民事部)

【第二審判決】

(昭和三二年(ネ)第七九二号同年(ネ)第九一五号昭和三六・五・三〇言渡)

第七九二号事件控訴人

熊田義信

右訴訟代理人弁護士

岡忠孝

第七九二号事件被控訴人

第九一五号事件控訴人

昭和建設工業株式会社

破産管財人

久留島新司

第九一五号事件被控訴人

太田光之助

右訴訟代理人弁護士

岡忠孝

控訴人側訴訟代理人

岡忠孝

被控訴人側訴訟代理人

岡忠孝

主文

第七九二号事件につき、本件控訴を棄却する。

第九一五号事件につき、原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金一二〇万円及びこれに対する昭和三二年三月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

第七九二号事件の控訴費用は同事件の控訴人の負担とし、第九一五号事件の訴訟費用は第一、二審とも同事件の被控訴人の負担とする。

本判決第三項は第九一五号事件の控訴人において金四〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第七九二号事件控訴人(以下一審被告熊田と略称する)は、原判決中控訴人敗訴部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を、第七九二号事件被控訴人、第九一五号事件控訴人(以下一審原告と略称する)は、第七九二号事件につき、本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を、第九一五号事件につき、原判決中控訴人敗訴部分を取消す、被控訴人は控訴人に対し金一二〇万円及びこれに対する昭和三二年三月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決並びに金員支払の部分につき仮執行の宣言を、第九一五号事件被控訴人(以下一審被告太田と略称する)は本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を各求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、

一審原告において、訴外昭和建設工業株式会社(以下破産会社と略称する)は一審被告熊田に対して昭和二八年七月一日までの間に代物弁済によつて、また一審被告熊田は同太田に対して同月三日までの間に売買または代物弁済によつて、各原判決添付目録記載の家屋(以下本件家屋と略称する)の所有権を移転したことがなく、一審被告等の登記はいずれも実質上登記原因を欠く無効のものであることを一次的に主張する。

仮りに一審被告熊田が昭和二八年二月本件家屋の所有権を取得し、同年三月同太田が同熊田から右所有権を譲受けたとしても、一審被告等の登記はいずれも同年七月四日であるから、この時までの所有権移転は一審原告に対抗し得ない訳であり、一審原告は右七月四日の登記によつてなされた所有権移転を否認する。

一審被告両名に対しては各自金一二〇万円及びこれに対する昭和三二年三月二〇日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

破産会社が一審被告熊田から金四〇万円の支払を受けた事実は否認する。仮りに破産会社が金四〇万円の支払を受けたとしても、右金員は立退料であつて、破産会社はその後本件家屋を明渡しているから、その返還義務がないと述べ、

一審被告等において、一審原告が破産会社の破産管財人に選任せられた事実は争はない。

本件家屋についてなされた登記に破産法第七四条の適用があるか否かについては疑義が存する。すなわち同条第一項の権利の移転とは破産者が登記のある不動産の権利を移転する場合を指称するのである。けだし同条が登記の否認を認めたのは、登記簿上の表示を信用して破産者と取引するものあるを慮つての処置であるからである。然るに本件家屋は一審被告熊田が所有権保存登記手続をなすまでは未登記なのである。

仮りに本件家屋についてなされた登記が前記法条に規定する登記に該当するとしても、一審被告等が登記をなすについては善意である。すなわち一審被告熊田は破産会社から昭和二八年二月本件家屋の代物弁済を受けるや、同月一三日建築士杉山武雄に依頼して所轄区役所に家屋台帳登録申告手続をなしたが、同年三月上旬一審被告太田に右家屋を売渡し、同年六月に至り自己名義の所有権保存登記と一審被告太田に対する所有権移転登記の各手続を杉山に委任した。同人は右登記手続のため、同月一〇日頃所轄法務局に赴き家屋台帳を閲覧したところ、区役所の手落から、登録申告書類を受付けた儘、家屋台帳に登録されていないことを発見したので、直ちに区役所と交渉の結果、同年二月一三日登録申告書類を受付けたことにして登録して貰つたが、このような意外の障害のため登録は同年七月二日となり、登記は同月四日となつたのである。

また破産会社の第一回債権者集会の通知は同月二日一審被告熊田方に配達されたが、偶々当日同被告は他出して在宅せず、翌三日の晩帰宅して妻から渡され開封したのである。

仮りに一審被告熊田の保存登記が否認されるべきものであるとしても、その原因である譲渡行為自体は否認の対象外にあるものであり、同被告に対し金一二〇万円の支払を求めるのは、一審被告熊田が内部の壁も存在しない本件家屋に約五〇万円を投じてこれを修理完成し、敷地所有者たる谷朝男に対して借地権名義書換料として金一五万円を支払つた外、昭和二八年二月分以降の地代を支払つている事実を考慮すると一審原告の請求は不当である。

仮りに一審被告熊田の主張がすべて理由がないとしても、同被告は昭和二八年九月一六日本件家屋の立退料名義で金四〇万円を破産会社に支払つたので、当審における昭和三五年四月一一日の口頭弁論において右金四〇万円の返還請求権と一審原告の本訴請求権と対当額において相殺の意思を表示すると述べ、

証拠<省略>

理由

破産会社が昭和二九年五月三一日午前九時、破産宣告を受け、同日一審原告がその破産管財人に選任せられたことは当事者間に争がない。

一審原告は、一審被告熊田は昭和二八年七月一日までの間に代物弁済により、また同太田は同月三日までの間に売買または代物弁済により、各本件家屋の所有権を取得したことがないから、本件家屋につきなされた一審被告熊田の同月四日付所有権保存登記、同太田の同日付所有権移転登記はいずれも実質的原因を欠く無効のものであると主張するので、その当否について考えると、成立に争のない……を綜合すれば、破産会社は昭和二八年二月一二日一審被告熊田に対する債務の内金一二〇万円の支払に代え本件家屋の所有権を同被告に移転し、また同被告は同年三月上旬、本件家屋の所有権を一審被告太田に対する債務の内金一三〇万円の弁済に代え移転したことが認められ、前記証拠の中、右認定と牴触する部分及び……の証言中右認定に反する部分は採用せず、また一審被告熊田が同太田に対し本件家屋の所有権移転登記後右家屋に関し金員を支出した事実があるとしても、当審における一審被告熊田本人尋問の結果によれば、右は一審被告熊田が同被告太田に本件家屋の所有権を移転する際、右当事者間に成立した約定にもとずくものであることが認められるから、このことは前記認定の妨げとならない。従つて本件家屋について存する一審被告等名義の登記が実質上原因を欠く無効のものといい得ないこと勿論であつて、一審被告太田の登記原因が登記簿上、昭和二八年七月四日付売買と記載されていても、同被告が右日時以前に代物弁済により一審被告熊田から本件家屋の所有権を取得していること前記認定のとおりである以上、このような登記簿上の記載と事実の不一致は右登記を無効とするものではない。

次ぎに一審原告は破産会社の一審被告熊田に対する代物弁済は破産債権者を害することを知つてなされたものであるから、破産法第七二条一号によりこれを否認すると主張するけれども、当裁判所は原審と同様、前記代物弁済当時破産会社は破産債権者を害することを知つていたけれども、一審被告熊田はこれを知らなかつたものと認定する。その理由は、これを認定する証拠として、当審における証拠の結果を附加する外、原判決の理由(原判決四枚目裏三行から五枚目裏八行目まで)と同一であるから、これを引用する。

また一審原告は、一審被告太田は同熊田から本件家屋の所有権を取得する当時、同熊田に対する否認の原因の存することを知つていたので、同法第八三条第一項一号により、一審被告太田に対しても否認権を行使すると主張するけれども、一審被告熊田の代物弁済による所有権取得につき否認の原因の存しないこと前記認定のとおりであるから、一審原告の主張は採用できない。

更に一審原告は、本件家屋についてなされた一審被告熊田の所有権保存登記及び一審被告太田の所有権移転登記はいずれも昭和二八年七月四日であつて、権利の移転のあつた日から一五日以上を経過し、且つ破産会社の支払停上を知つてなされたものであるから、同法第七四条により、右各登記を否認すると主張するのでこの点につき判断すると、一審原告は破産会社の支払停止の日時をもつて昭和二八年五月末日であると主張するけれども、この点に関する(証拠)は直ちに採用し難く、他に破産会社の支払停止の日時が一審原告主張の如くであることを認むべき確証なく、却つて原審証人橋本賢晴、同来住久也の証言を綜合すれば、破産会社は同年六月一三日手形交換所から取引停止の処分を受け、その頃整理を発表して支払を停止したことが認められ、(証拠)を綜合すれば、一審被告熊田は破産会社から本件家屋の所有権を取得した後、昭和二八年一月一三日所轄区役所を通じて本件家屋の家屋台帳えの登録申告手続をなしたが、右家屋を一審被告太田に譲渡して後、同被告から所有権移転登記手続を委託せられ、同年六月八日、建築士杉山武雄に右建物の所有権保存登記及び一審被告太田に対する所有権移転登記の各申請手続を委任したこと、杉山は右委任にもとずき直ちに登記申請の手続をなすべく、所轄法務局に赴き家屋台帳を閲覧したところ、本件家屋の登録がなされていないことを発見したので、所轄区役所に赴き調査したところ、さきに提出した登録申告書類が紛失したため、登録未済となつていることが判明したので、改めて登録申告書類を作成し、これを所轄区役所に提出することを余儀なくされ、その結果自然登記申請手続も遅延し、同年七月四日となつたこと、一審被告熊田は同月二日破産会社から、破産会社の経営は拾収し得ざる最悪の状態となつたので、債務処理並びに今後の運営につき同月四日午後二時破産会社に参集せられたい旨の債権者集会の通知を受け、翌三日これを閲読したことが認められる。すると本件登記申請がなされた七月四日には一審被告熊田は破産会社の支払停止の事実を知つていたものと推認すべく、同被告に所有権移転登記手続を委任した一審被告太田も、その代理人である一審被告熊田が前記のとおり悪意であつたと推認すべき以上、破産会社の支払停止の事実を知つて所有権移転登記手続をなしたものとなさざるを得ない。

そして一審被告熊田の所有権保存登記及び一審被告太田の所有権移転登記がいずれも破産会社の支払停止のときである昭和二八年六月一三日頃以後であり、右被告等の所有権取得のときからそれぞれ一五日以上を経過していることは前記認定の事実に徴して明白であり、一審被告等が右各登記申請当時それぞれ悪意であつたことも前記のとおりであるから、一審原告は破産法第七四条第一項の規定により右各登記を否認し得るものといわなければならない。一審被告等は、破産法第七四条第一項にいわゆる権利の移転とは破産者が登記ある不動産の権利を移転する場合を指称するものと解すべきところ、本件家屋については破産会社の所有権保存登記が存しないから、同条の適用がない旨主張するけれども、同条第一項の権利の移転とは必ずしも破産者が登記ある不動産の権利を移転する場合のみを指称するものではなく、未登記建物の所有権を第三者に移転し、譲受人において自己名義の所有権保存登記をなす場合をも包含すること明らかであるから、一審被告等の主張は採用しない。

すると一審被告等は本件家屋の所有権取得を一審原告に対抗し得ないこととなる結果、これを一審原告に返還すべき義務あるところ、一審被告太田が昭和二九年一〇月二七日右家屋を訴外ゼネラル商事株式会社に転売し、所有権移転登記を了していることは当事者間に争がないところであるから、本件家屋は一審原告に返還不能の状態にあるものというべく、一審被告等はその返還に代わる利得の償還として、否認権行使当時における右家屋の価額に相当する金員を一審原告に支払うべき義務がある。そして本件否認の訴の訴状が一審被告熊田に対しては昭和二九年八月二九日、同太田に対しては同月三〇日各送達せられたことは記録上明らかであり、原審における(証拠)を綜合すれば、一審被告等が本件家屋の所有権を取得した当時における価額は少くとも金一二〇万円であることが認められ右認定に反する原審証人松浦五郎の証言は採用し得ないから、前記訴状送達当時における価額もこれを下らざるものと推認すべく、一審被告等は本件家屋の返還に代わる利得の償還として各自一審原告に対し金一二〇万円及びこれに対する昭和三二年三月二〇日(右金員の償還を求める旨を記載した一審原告の準備書面が一審被告等に送達せられた日の翌日に該当すること記録上明白である。)以降支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

一審被告熊田は仮りに同被告の保存登記が否認されるべきものであるとしても、その原因行為自体は否認の対象外にあるものであり、同被告が本件家屋に約五〇万円を投じてこれを修理完成し敷地所有者に借地権名義書換料として金一五万円を支払つた外、昭和二八年二月分以降の地代を支払つている事実を考慮すると、一審被告熊田に金一二〇万円の支払を求める一審原告の本訴は不当であると主張するけれども、一審被告熊田が本件家屋についてなした登記が破産法第七四条第一項により否認せらるべきものであり、また同被告が本件家屋の所有権を取得した当時(すなわち同被告がその主張のような出捐をなす以前)における本件家屋の価額が金一二〇万円であること前記認定のとおりである以上、仮りに本件登記の原因行為が否認権の対象外にあり、且つ一審被告熊田がその主張のような出捐をなしたとしても、一審原告の本訴請求は不当であるとすることはできない。

更に一審被告熊田は、仮りに以上の主張が理由がないとしても昭和二八年九月一三日頃破産会社の任意債権者集会において、破産会社とその債権者及び一審被告熊田は協議の結果、同被告において金四〇万円、破産会社において金六〇万円、合計金一〇〇万円を調達の上、これを債権者に分配し、本件建物の一審被告熊田に対する譲渡については一切異議を差挾まない旨の示談が成立し、これにもとずき同被告は同月一六日金四〇万円を立退料名義で出金しているから、一審原告の本訴請求は失当であると主張するけれども、原審証人橋本賢晴の証言の一部によれば右示談契約は破産会社においても金六〇万円を調達し、合計金一〇〇万円を債権者間に分配することを条件とするものであつたところ、破産会社において右金六〇万円を調達することができなかつたため、右契約はその効力を生じなかつたことが認められ、(証拠)のうち各右認定に反する部分は採用しない。

次ぎに一審被告熊田は、仮りに然らずとするも、同被告は昭和二八年九月一六日本件家屋の立退料名義で金四〇万円を破産会社に支払つたので、本訴(昭和三五年四月一一日)において右金四〇万円の返還請求権と一審原告の本訴債権と対当額において相殺の意思を表示すると主張するけれども、仮りに一審被告熊田が破産会社に対し金四〇万円の返還請求権を有したとしても、破産債権者が破産管財人から否認権を行使せられた結果負担するに至つた債務と破産者の破産債権者に対する債務と相殺することを許されないことは破産法第一〇四条第一号の規定により明らかであるから、一審被告熊田のこの抗弁も理由がない。

そうだとすると一審原告のその余の主張について判断するまでもなく、一審原告の本訴請求は正当であつて、これを認容すべく原審が一審被告熊田に対する請求を認容したのは正当であるけれども、一審被告太田に対する請求を排斥したのは失当である。

よつて一審被告熊田の控訴を棄却し、一審原告の控訴を理由ありとして原判決中一審被告太田に関する部分を取消し、同被告に対する一審原告の請求を認容し、民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(大阪高等裁判所第二民事部)

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